賃貸借契約を結ぶ際、「契約書の内容がよく分からない」「後でトラブルになったらどうしよう」と不安を感じる方は多いのではないでしょうか。実際、賃貸借契約(書)に関わるトラブルは非常に多く、消費生活センターに寄せられる相談の上位を占めています。
本記事では、司法書士の立場から、賃貸借契約(書)で起こりやすいトラブル事例と、その予防策・解決方法を詳しく解説いたします。
賃貸契約(書)でよく起こるトラブル事例
申込み段階でのトラブル
申込み撤回を拒否される
最も多いトラブルの一つが、入居申込書を提出した後に申込みを撤回しようとしたところ、不動産会社から拒否されるケースです。
法的には:(厳密には異なりますが)賃貸借契約書に署名・押印する前であれば、申込みの撤回は原則として可能です。入居申込書は「契約の申込み」であり、契約そのものではありません。
対処法:
- 撤回の意思を書面(メールでも可)で明確に伝える
- 申込み時に撤回可能な期限を確認しておく
- 宅建業法違反の可能性があることを指摘する
申込金の返還を拒否される
申込金(預け金)は、契約が成立しなかった場合は返還されるべきものですが、返還を拒否されるトラブルが頻発しています。
法的根拠:宅地建物取引業法施行規則では、契約が成立しなかった場合の預かり金返還拒否を禁止しています。
予防策:申込金を支払う際は、以下の各事項の記載がされた預り証を必ず受け取りましょう。
- 申込者の氏名
- 預けた金額と日付
- 返還条件(契約不成立時は全額返還等)
- 不動産会社の押印
契約時のトラブル
契約前の費用請求
契約書への署名前に初期費用の支払いを求められ、後で契約を取りやめたくなったときに返金されないトラブルがあります。
基本原則:契約金は契約成立後に支払うのが原則です。事前支払いを求められた場合は、契約に至らなかった場合の返金について必ず確認しましょう。
追加費用の突然の請求
契約当日になって、事前に説明のなかった費用を請求されるケースがあります。
対処法:
- 契約を一旦保留にする
- 追加費用の根拠と必要性を詳しく確認
- 納得できない場合は契約を見送る勇気も必要
保険の強制指定
「この保険に入らないと契約できません」と特定の保険を強制されることがありますが、お互いの合意がない限り、保険会社は自由に選択できます。
契約後のトラブル
不当な特約条項
契約後に「ハウスクリーニング代は入居者負担」「畳はすべて新品に交換」などの特約があることを知り、トラブルになるケースがあります。
特約の有効性判断基準:
- 借主に不利な特約でも、以下の条件を満たせば有効とされる場合があります
- 必要性・合理性がある
- 借主が明確に承諾している
- 費用負担の意思を明確に合意している
契約書で特に注意すべき危険な条項・特約
無効になりやすい特約条項
経年劣化も借主負担とする特約
例:「退去時は、経年劣化による損耗も含めすべて借主が原状回復する」
このような特約は、借地借家法の原則に反し無効とされる可能性が高いです。
過度に高額な違約金特約
例:「中途解約時は賃料の6ヶ月分を違約金として支払う」
合理的な範囲を超える違約金は、民法により減額される可能性があります。
借主に不利な条項チェックポイント
原状回復特約を確認する際のポイント:
- 「通常損耗」も借主負担となっていないか
- 具体的な費用負担項目が明記されているか
- 国土交通省ガイドラインと大きく乖離していないか
更新・解約条件のチェックポイント:
- 解約予告期間が過度に長期間でないか(通常1〜2ヶ月)
- 更新料が相場と比べて高額でないか
- 更新時の条件変更について明記されているか
司法書士が教える契約書チェックの手順
契約前の必須確認事項15項目
基本情報の確認
- 物件の正確な住所・部屋番号
- 契約期間(普通借家か定期借家か)
- 賃料・共益費・管理費の金額
- 敷金・礼金・保証金の額と返還条件
費用関係の確認
5. 初期費用の詳細と支払時期
6. 更新料の有無と金額
7. 解約時の費用負担
設備・修繕関係
8. 附属設備と残置物の区別
9. 修繕費用の負担区分
10. 原状回復の範囲と費用負担
契約条件の確認
11. 解約予告期間
12. 禁止事項(ペット・楽器演奏等)
13. 保険加入の義務と指定の有無
連絡先・管理体制
14. 貸主・管理会社の正確な連絡先
15. 緊急時の連絡体制
重要事項説明書との整合性確認方法
重要事項説明書と契約書の内容が異なる場合、契約書の内容が優先されます。必ず以下を確認しましょう。
- 賃料や費用の金額
- 契約期間と更新条件
- 原状回復の範囲
- 禁止事項や制限事項
不明な条項があった時の対処法
- その場で署名しない
- 具体的な説明を求める
- 書面での回答を要求
- 専門家への相談を検討
トラブル発生時の法的対処方法
内容証明郵便による解決手順
契約後にトラブルが発生した場合、まず内容証明郵便で相手方に意思表示することが効果的です。
内容証明郵便のメリット:
- 法的な証拠力がある
- 相手方に心理的圧力を与える
- 時効の更新の効果がある場合もある
作成のポイント:
- 事実を時系列で整理
- 法的根拠を明記
- 具体的な要求内容と期限を設定
- 対応しない場合の措置を予告
宅建業法違反への行政指導申立て
不動産会社が宅建業法に違反している場合、行政機関に指導を求めることができます。
申立て先:
- 都道府県知事免許:各都道府県の宅建業担当課
- 国土交通大臣免許:地方整備局
対象となる違反行為:
- 重要事項説明の不備
- 申込金返還の拒否
- 契約書面の交付義務違反
民事調停・少額訴訟の活用法
民事調停:
- 費用が安い(数千円程度)
- 調停委員が仲裁
- 合意すれば強制執行可能
少額訴訟:
- 60万円以下の金銭請求
- 1回の期日で判決
- 代理人不要
契約段階別のトラブル予防策
申込み前の事前調査ポイント
不動産会社の確認:
- 宅建業免許番号の確認
- 過去のトラブル履歴
- 口コミ・評判の調査
管理会社の確認:
- 管理実績と評判
- 緊急時対応体制
- 管理業登録の有無
重要事項説明での確認事項
重要事項説明は契約前の最後のチェックポイントです。
- 説明内容を録音する(許可を得て)
- 不明点はその場で質問
- 書面の内容と説明が一致するか確認
- 納得できるまで説明を求める
契約当日の注意点とチェックリスト
契約当日のチェックリスト:
□ 重要事項説明書の再確認
□ 契約書の全条項の確認
□ 初期費用の明細確認
□ 鍵の本数と種類の確認
□ 緊急連絡先の確認
□ 入居日と鍵渡しの確認
契約時の心構え:
- 疑問があれば遠慮なく質問する
- 納得できない条項があれば署名を拒否する
- 契約は一生の問題と考え慎重に判断する
相談先と解決までの流れ
段階別相談先の選び方
第1段階:消費生活センター
- 無料相談
- 一般的なアドバイス
- 他の相談先の紹介
第2段階:不動産適正取引推進機構
- 不動産取引専門の相談
- 業界の標準的な取引慣行の確認
- ADR(裁判外紛争解決)の紹介
第3段階:弁護士・司法書士
- 法的専門知識による解決
- 内容証明郵便の作成・送付
- 訴訟等の法的手続き
司法書士への相談メリット
司法書士ができること:
- 契約書の法的チェック
- 内容証明郵便の作成・送付
- 140万円以下の紛争の代理
- 140万円以下の調停手続きの代理
- 少額訴訟の代理
弁護士との使い分け:
- 140万円以下の案件:司法書士
- 140万円超の案件:弁護士
- 複雑な法的判断が必要:弁護士
安心できる賃貸契約のために、専門家にご相談を
賃貸契約書は複雑で、一般の方が全てを理解するのは困難です。少しでも不安がある場合は、契約前に専門家にご相談いただくことをお勧めします。
弊所では、賃貸契約書のチェックから、トラブル発生時の解決まで、幅広くサポートいたします。契約書の内容でご不明な点がございましたら、お気軽にお問い合わせください